【本記事の要旨】
①運用資産が小さいうちは保有メリットは少ない
②原資産の年限が長いほどボラティリティが大きくなる
③初心者は現物保有が無難
④米国債ETFは上級者向け
なお、冒頭申し上げると本記事を書いている2022年7月は世界各国が利上げを進めており、米国債ETFも年初来下落行進中です。したがい、景気後退=株式低迷=米国債ETF購入と安易に飛びつかない方が良いことは留意点として上げさせて頂きます(現在は米国債ETFの値動きに影響を与える様々な要素が同時進行しているので判断が非常に難しいです)。そして、随所でお伝えするとおり、米国債ETFは扱いが容易ではないので万人向けではありません。買い推奨をしているわけではないので、そこはご理解ください。
さて、今回は米国債を現物保有ではなく、ETFを通じてエクスポージャーを取りたい投資家に向けてバンガード社・ブラックロック社、ステートストリート社が提供している選択肢を比較検討していく記事になります。前半(こちら)では、上記3社のラインナップについて概要をまとめました。
本記事(後編)は、前編で取り上げた短期国債ETF、中期国債ETF、長期国債ETFを『年限』という大きな枠組みで捉えた時にどのような特徴差があるのか、また同じカテゴリーで上記3社のETFを比較した場合に違いがあるのか、米国債ETFと株式ETFの相関度がテーマです。そして、最後には特徴を踏まえた各米国債ETFの使い道について考えてみたいと思います。
【米国債ETF】短期債・中期債•長期債の特徴比較
前編でまとめた通り、米国債ETFと言っても保有年限が異なる数多くの種類があります。それぞれどのような値動きをするのか、ボラティリティがどの程度あるのかについて知っておきたいところですね。以下は2011年1月-2022年1月までの値動きをグラフ化したものです。短期、中期、長期の区切りが分かりやすいバンガード社のVGSH、VGIT、VGLTを参考としました。

見ての通り、米国債ETFは保有年限が長ければ長いほど、ボラティリティも大きくなります。これは保有資産の満期が長くなればなるほど米国連邦準備制度(Federal Reserve System)の金融政策の変更による影響を受けやすくなるからです(年限が短いほど同一の金融政策の期間中に満期を迎える蓋然性が高い、または、満期前に金融政策の変更があっても影響期間は長期債との比較では限定的)。また、米国政府という高い信用力を有する発行主体であっても国債の償還期間が長くなればなるほど、投資家はその信用リスクをとることになります(米国が明日破綻する可能性は限りなくゼロに近くとも、30年先は分からないという人が増える)ので、これもボラティリティに影響しているでしょう。
CAGR | 標準偏差 | Best Year | Max Drawdown | |
VGSH | 0.75% | 1.06% | 3.52% | ▲3.69% |
VGIT | 1.89% | 3.64% | 9.62% | ▲10.54% |
VGLT | 4.05% | 11.95% | 29.17% | ▲29.97% |
VTI | 11.76% | 14.33% | 33.45% | ▲21.32% |
注目すべきは標準偏差です。ボラティリティの大きさの参考になりますが、長期債ETF(VGLT)は株式ETFであるVTIにも負けず劣らずのボラティリティの大きさであることがわかります(リターンも債券よりかは株式寄り)。最大下落率(Max Drawdown)もVTIを上回っていますね。
一方で、リターンも最もマイルドになりますが、短期債ETF(VGSH)の値動きは非常に安定しているのが見て取れます。(米国政府が破綻しないという前提のもとで)満期保有が前提の現物保有であれば市場取引のボラティリティはさほど関係ありませんが、米国債ETFの場合は満期概念がないので、特徴に応じた使い分けが必要になりそうです。
【米国短期債ETF】VGSH、SHY、SPTSの比較
バンガード社(VGSH)、ブラックロック社(SHY)、ステートストリート社(SPTS)の米短期国債ETFのパフォーマンスを比較してみましょう。
保有年限 | 平均残存期間 | 純資産残高 | 経費率 | |
VGSH | 1年超3年以下 | 1.9年 | 147億米ドル | 0.04% |
SHY | 1.9年 | 260億米ドル | 0.15% | |
SPTS | 1.9年 | 33億米ドル | 0.06% | |
出典:VGSH、SHY、SPTS |
純資産残高と経費率に違いはあるものの、商品設計のコンセプト自体は同じような銘柄です。一方で、2012年1月から2022年1月までの運用実績は次の通りバラつきが見られます。

リターン(CAGR)だけを見るのであれば、ステートストリート社のSPTSが一番成績が良いとの結果。しかしながら、ベンチマークに連動するパッシブ型ETFはリターン良好ならそれで良しとはならないでしょう。標準偏差を見るとVGSHやSHYの方が安定していることがよくわかります。純資産残高にかなり差がありますので、このように安定感に差が出るのだと思われます(特に米国債のマーケットは規模が大きいので)。
CAGR | 標準偏差 | Best year | Max Drawdown | |
VGSH | 0.68% | 1.09% | 3.52% | ▲3.69% |
SHY | 0.62% | 1.08% | 3.38% | ▲3.71% |
SPTS | 0.75% | 2.86% | 3.55% | ▲5.19% |
【米国中期債ETF】VGIT、IEF、SPTIの比較
続いて、バンガード社(VGIT)、ブラックロック社(IEF)、ステートストリート社(SPTI)の米中期国債ETFのパフォーマンス比較です。今回はIEFの年限が残り2銘柄と差があるので、単純比較はできないことには留意です。
保有年限 | 平均残存期間 | 純資産残高 | 経費率 | |
VGIT | 3年超10年以下 | 5.3年 | 96億米ドル | 0.04% |
IEF | 7年超10年以下 | 8.61年 | 230億米ドル | 0.15% |
SPTI | 3年以上10年未満 | 5.28年 | 57億米ドル | 0.06% |
出典:VGIT、IEF、SPTI |
平均残存期間がより長いIEFがリターンも標準偏差もVGITやSPTIを上回ります。VGITとSPTIはほぼ同じ動きを見せるはずですが目視できる程度のバラつきが見て取れます(この程度は誤差かもしれませんが)。VGITとSPTIの比較であれば純資産残高と経費率の優位性に鑑みてVGITを選好したくなります。

CAGR | 標準偏差 | Best Year | Max Drawdown | |
VGIT | 1.18% | 3.57% | 7.71% | ▲10.54% |
IEF | 1.41% | 5.57% | 10.01% | ▲15.19% |
SPTI | 1.03% | 3.02% | 7.71% | ▲10.65% |
【米国長期債ETF】VGLT、EDV、TLT、SPTLの比較
続いて、バンガード社(VGLT、EDV)、ブラックロック社(TLT)、ステートストリート社(SPTL)の米長期国債ETFのパフォーマンス比較です(計測期間は2012年1月ー2022年1月)。EDVは超長期債のカテゴリーで語られることもありますが、ここで合わせて動きを比較してみようと思います。なお、このカテゴリーだとTLTの運用規模が抜けているのが目立ちます。低コストのバンガードも思うように差を縮められていません。
保有年限 | 平均残存期間 | 純資産残高 | 経費率 | |
VGLT | 10年超30年以下 | 16.9年 | 42億米ドル | 0.04% |
EDV | 20年超30年以下 | 24.8年 | 13億米ドル | 0.06% |
TLT | 20年超 | 25.79年 | 225億米ドル | 0.15% |
SPTL | 10年以上 | 23.51年 | 60億米ドル | 0.06% |
出典:VGLT、EDV、TLT、SPTL |
比較した結果、第一の考察は『VGLT、TLT、SPTLの値動きはほぼ同じ』ということ。グラフにするとほとんど違いは分かりません。そして、第二の考察はEDVのボラテリティは株式に匹敵するレベルで大きいということ(最大リターンも44.66%と株式顔負けです)。
CAGR | 標準偏差 | Best Year | Max Drawdown | |
VGLT | 1.92% | 11.60% | 25.19% | ▲29.97% |
EDV | 2.15% | 17.52% | 44.66% | ▲38.89% |
TLT | 1.86% | 12.39% | 27.30% | ▲30.82% |
SPTL | 1.86% | 11.72% | 25.32% | ▲30.04% |
VGLT VS EDV VS TLT
値動きの方向性は似たよう傾向を見せていますが、値動きの幅に関してはEDVがVGLTやTLTよりも大きめに反応しています。

VGLT VS TLT VS SPTL

【米国債ETF】株式ETFとの逆相関について
結論から申し上げると、保有年限が長期になるほどVTIとの逆相関性は高くなり、相場が緊張状態になると逆相関性はさらに強化されるという特徴が見て取れました。
なお、株式下落に対してのヘッジ効果を期待するのであれば、逆相関性だけではなく株式の標準偏差にどれだけ近いかもポイントになります。
相関度の見方ですが、1に近づくほど相関性が高く、0に近づくとお互いの値動きは無関係。そして0を超えてー1に近づくほど逆相関性が高いということを表しています。
長期計測結果(2012年1月ー2022年7月)

短期よりも中期、中期よりも長期の方が逆相関性は高くなっています。(当然ですが)VTIが+13.31%と好調なリターンを残している計測期間においては米国債ETFのリターンは大きく劣後する結果でした。一方で、マイナスリターンになっていないことは評価できるかもしれません。
コロナショック時(2022年2月ー3月)の相関関係

VTIに対して、米中期債ETF(IEF)の逆相関性が▲0.53と最も高く、米長期債ETF(TLT)が▲0.49と続きます。そして、これまでに学んだ通り標準偏差の大きさは、年限が長ければ長いほど大きくなります。
以上が総合的に働いた結果、VTIの下落(▲20.80%)に対して特に大きなヘッジ効果を見せたのがEDV(+16.93%)、TLT(+13.43%)となります。原資産の年限が短いSHV、SHYも高い逆相関性を見せていますが、標準偏差が小さいのでリターンは控え目です(株式上昇相場でのダウンサイドも同程度に限定されるので能力的に劣るという意味ではありません)。
リーマンショック時(2008年8月ー2008年12月)

リーマン・ブラザーズが2008年8月に経営破綻したことを受けて、あらゆるリスク資産が売られた期間の状況ですが、VTIが▲36.35%と大きく下げる中で、EDV(+39.95%)はそれ以上の上昇を見せました。また、同計測期間中に最も逆相関性が高かかったTLT(+21.44%)でも高いヘッジ効果が確認できます。
【米国債ETF】おすすめ
さて、“米国債ETF”と一口にまとめるのが無意味なほど、その中身によって特徴が異なるのがわかったと思います。ついては、『おすすめ』と思考停止的に言い切るのは非常に難しく、それぞれのポートフォリオに応じて考えるべきテーマです(当然にして、最適な組み入れは0%という結論もありえます)。
また、共通して留意しておくべきは米国経済の期待インフレは通常2%前後という点です。この物価上昇を加味すると、(低金利が長く続いたことを背景に)米国債ETFの実質リターンはマイナス圏に沈んでいます。こうしたことを理解してポートフォリオに組みこむ必要があります。

この10年間に関して、米国債が悪い投資対象だったかといえばそう単純ではないです。シンプルに『インフレ負け=悪い投資対象』なら米国債ETFの純資産残高がここまで大きいはずがありません。「実質リターン」だけで議論をするなら現金(米ドル)はゴミなのですが、金融資産を全て株式ETFに振り向けるべきなんてことを言う人はいないと思います。ポートフォリオ全体で見た時にどのような役割を担っているかが重要なのです。
ここで終わると無味乾燥としているので、私なりに『こうした使い道があり得るのではないか?』と感じた使い分けについて最後に記しておこうと思います。
そして、個別の話に移る前に総括しておくと、金融資産がまだ小さい(資産形成期)段階においては米国債ETFをポートフォリオに組み入れるメリットは小さいかなと思います。運用資産が小さいとボラティリティが大きかろうが、小さかろうがポートフォリオ内でバランスを取ることに意味がないからです。まずは、投資効率の良い資産(例としてVTIやVOOなどの米国株式インデックスファンド)をそれなりの規模に達してから全体のバランスについては悩むべきと思います。
米短期国債ETFの使い道
これまで見た通り、標準偏差は米国債ETFの年限比較でも、株式ETFとの比較でもマイルドになっています。『ポートフォリオ全体における株式割合はこれ以上増やしたくない、一方で、現金は潤沢に積み上がっているので少しでもリターンがつくアセットに移したい(遊休資産も増やしたくない)』という場合の選択肢の一つとして魅力があると思います。
冒頭の比較で示した通り、標準偏差が株式に対して圧倒的に小さく、株式との逆相関性が高いのが特徴です。以上を踏まえた使い方としては、株式上昇局面での下落は限定的(例:VGSHのMax Drawdown実績(2012-2022)は▲3.64%)であるので、このダウンサイドは受け入れ可能との判断のもと分配金をもらいます。そして、株式が大きく売られる(米短期国債ETFが上昇しやすい)局面で米短期国債ETFを売却して、下落中の株式ETFの買い増し資金に充てるという使い方ができるかなと思います。実績として期待リターン(名目)は複数年持てばプラスなので余剰資金(現金が多すぎる場合)の置き場としては悪くないかと思われます。
また、標準偏差が株式より小さいのでヘッジ効果はほぼありませんが、株式上昇相場の恩恵を相殺してしまうようなこともありません(これはメリットにもデメリットにもなります。全ては目的に対しての手段として適切かです)。

米中期国債ETFの使い道
短期国債や長期国債の中間地点のような特性を持っています。恐らくですが、玄人はこの中期債ETFを単体で持つというよりは、短期債or/and長期債と混ぜて保有することで、自分好みのリターンと標準偏差の塩梅の仮想米国債ETFを合成するために保有しているのではないかと推測します。
米長期国債ETFの使い道
株式市場の割高感が高まっている(いつバブルが弾けるか分からない)ような場面で大規模に株式資産を運用しているポートフォリオのリスク(標準偏差)をヘッジしたいというニーズに応える商品だと思います。金融市場で恐怖が蔓延すると、米国長期債に資金が流入します(つまり価格が上昇します)。
株式に対して逆相関性が高く、標準偏差が株式と同程度に大きいことが米長期債ETFの特徴でした。
以下に再掲しますが、コロナショックが株式市場を直撃した数ヶ月間でTLTは13.43%のプラスリターンになっています。

デメリットとしては、逆相関性と株式に等しい標準偏差(ヘッジ効果)があるということは、株式上昇相場の恩恵も相殺してしまうということです。そもそも完全ヘッジするぐらいなら、利確してリスクウェイトを減らせばよい話なので長期的にそのようにするのは合理的とは思われません。つまり、株式7に対して米長期債3のような感じで部分ヘッジとして組み込むような用途になるかと思います。
『どのような相場で、どれぐらいの割合、どれぐらいの期間組み入れると理想的なヘッジになるのか』というのが難しいところですね。非常に高度な分析と判断が求められると思います(初心者には不向きと思います)。
最後に
『保有年限の差異』という切り口だけでも、米国債ETFの世界はとても奥深いものでした。その結果として、今回は物価連動国債をベンチマークとするETFの特徴は割愛させて頂きました。今回の前後編にわたる記事を公開してみて、反応がそれなりにありましたら、番外編ということで物価連動国債ETFの特徴(今回紹介した米国債ETFとの比較、株式ETFとの比較、どのような市場要素に反応するのか)についてもまとめてみようと思います。
また、本記事を書いている当事者でありながら米国債ETFは難しいと感じます。原資産は米国債であっても現物保有とETFだと段違いに後者の方が難しいというのが私の感覚です。やはり、国債は満期保有による利回り保証が運用の分かりやすさのポイントだなということを再認識しました(⇨投資は分かりやすいのが一番)。また、一番最初に書いた通り、2022年7月現在は利上げの真っ最中なので購入タイミングは難しいことも再記しておきます。
少しだけ口惜しいですが、ここ最近取り上げてきた米国債についての掘り下げは休憩ということで。ここまでお付き合い頂いた読者の方々、どうもありがとうございます。厚く感謝申し上げます。
なお、前編はこちらです。米国総合債券ETF(AGG/BND)について詳しく知りたい方向けには、こちらの記事を執筆しました。

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