アベノミクスによる日本株式市場の高騰や米国株式市場の黄金の10年を背景として、日本人の間でも着実に『資産形成』や『投資』が身近なものになりつつあります。しかし、日本国内における金融商品保有者の投資経験は1桁台が多いのだろうと体感的には感じます。つまり、まだまだ黎明期です。
投資の本場である米国においても、労働者階級による投資のハードルが大幅に下がったのは2000年代に入ってからです。私を含めて多くは『資産形成』を目的にしていて、より高い利回りを求める世代です。当然にして、株式が主役になるわけですが、私は投資の基本は国債にあると考えています。
なぜなら、投資対象の良し悪しはリスクとリターンの適性感に基づいて判断される訳ですが、この適性感は国債の利回りに強く影響されるためです。また、機関投資家のポートフォリオを見ても主要先進国の国債が常に一定割合組み込まれています。これは、機関投資家は国から年金運用などを委託されているケースが多く、絶対に失敗できないので保守的な運用になるためです。私たちの資産形成だって絶対に失敗できないのだから、ある年齢を迎えてからはポートフォリオの一部に国債を組み込むというのは至極普通の発想だと思います。
今回は、この金融市場における国債の機能と、投資対象としての国債について特集します。今回は日本国債について取り上げたいと思います。
リスクフリーレートとして日本国債
信用力の高い主要先進国の国債は安全資産(無リスク資産)として考えられています。厳密には国家にも信用リスクはあるのですが、『国家が債務不履行に陥ることはない』という前提で国債は最も安全な金融商品=無リスク資産として一般には考えられているのです。そして、国債利回りはリスクゼロで稼げるリターンということで、リスクフリーレートと呼ばれることもあります。
そして、国債が無リスク資産と理解されていることは金融市場において重要な意味を持ちます。例えば、国債の利回りが3%の時に、企業が社債を利回り2%で発行しても基本的には誰も買ってくれません。なぜなら、リスクなしで3%のリターンが確保できるのに、国家よりもリスクがある借り手に対して2%のリターンでお金を貸すのは割りに合わないからです。より安全により儲けられる手段があるのですから。
株式市場も同様に国債利回りの影響を受けます。なぜなら、投資家はそれぞれ期待するリターンがあり、その期待リターンを国債で確保できるのであれば、リスクをとってまで株式に投資する必要はないと考える人も出てくるからです。例えば、10年物国債の利回りが5%を超えてきたら、株式の不確実性を受け入れて高いリターンを求めるよりも、10年物国債を保有して5%のリターンを確定させたいと思う人はいるのではないでしょうか。
この考え方は信用格付の仕組みにも現れています。カントリーシーリングという考え方があり、企業のP/LやB/S情報に基づいてAAという評価であったとしても所在国の格付がAである場合には、所在国の格付が上限となり最終格付はAとして判定されるというルールです。S&PやMoody’sの信用格付は債券市場で取引条件の妥当性についての判断材料にされているので、例えば、日本国債が格下げになると日本企業の資金調達にも影響が出ます(債券利回りを上げないと買い手がつかなくなる)。そうなると当然、日本企業の株価にも悪影響があるでしょう。
このように、国債の利回りは他の金融商品のリターンの適性感に大きな影響を与えるのです。
個人向け国債について
日本国債(新発)の主な買い手はメガバンクや生保などの機関投資家ですが、一般の消費者でも『個人向け国債』が購入可能です。現行の個人向け国債は、①固定金利型3年満期、②固定金利型5年満期、③変動金利型10年満期の3種類です。

最低利回保証(変動金利型でもマイナス金利は適用されない)、保有期間が1年を超えると満期でなくても中途換金可能というのが個人向け国債の特徴です。つまり、自分の好きなタイミングで現金化しても額面割れしない設計になっているということです(機関投資家が取引している国債はセカンダリーマーケットで売却する以外に満期前に換金することはできません)。
総合すると、国の運営する定期預金とでも理解すれば良いと思います。民間銀行と日本政府であれば、日本政府の方が安全性は高いので、日本国債の利回りよりも低い定期預金を民間銀行で組む合理性はありません。定期預金と日本国債では換金性に差はないので、この点でも銀行預金にメリットはなく完全下位互換の金融商品となっているからですね。
なお、現在の普通預金の金利動向を眺めるとauじぶん銀行やあおぞら銀行が0.2%の金利をつけています。普通預金の1,000万円とその利息まではペイオフ制度で国が保護しています(つまりリスクは日本国債と同じ)。なので、現状では普通預金が1,000万円を超えるまでは固定金利型国債(利率0.05%)の魅力は特にない状態になっています。
固定金利型と変動金利型の違い
固定金利型と変動金利型の最も大きな違いは、購入時に利回りが確定するか否かです。国債は満期を迎えると元本+利息が返還されますが、固定金利型の場合は『利息』の金額が購入時に確定するので、購入する時点で利回りが確定します。
一方で、変動金利型の場合は、現在は初回0.17%/年となっていますが次回以降の利息に適用される金利は市場動向によって変動する(ただし0.05%未満にはならない)ので満期を迎えるまで利回りが確定しません。なお、固定金利型の利率は3年物と5年物の両方とも0.05%なので10年以上保有する前提で、どちらかを選ぶなら変動金利型10年満期を選択する方が経済合理的な設計になっていますね。
また、もし、今後の日本がインフレで苦しむということを予測するのであれば、(日銀がイールドカーブコントロールをしない限り)普通は金融引締めに伴い長期金利も上がっていくはずなので変動金利型の方がもらえる利息が多くなります(部分的なインフレヘッジになります)。
第4の国債
変動金利型国債では、インフレ→(金融引締め)長期金利上昇→国債金利上昇の中で部分的にインフレヘッジが期待できるとしました。一方で、投資元本の実質価値はインフレにより毀損して行きますので、利息が増えてもそれ以上に投資元本の実質価値が目減りすればトータルとしてインフレヘッジはできていないことになります。つまり、既存の個人向け国債は、高インフレを予測する投資家にとっては魅力にかける選択肢になっています。
インフレに強いとされる株式も、個別企業の信用リスクがありますし、インデックスにしても市場リスクがあるので、換金したい時に必要とするリターンが確保できているかはフタを開けてみるまで分からないのは不安だという人もいると思います。運用終盤になってくれば、もっとダウンサイドを限定できる金融商品でインフレヘッジをしたいというニーズが出てくるはずです。
そこで有力な手段となってくるのが、物価連動型国債です。

変動金利型は、元本は変わらず金利だけが変動していくタイプの国債でした。物価連動型国債は元本が変動するタイプの国債です。仕組みとしては、インフレが起きればその上昇率に応じて償還元本も合わせて上昇し、表面金利(例:3%)は変わりませんが、元本が変動するのでインフレ時には利息もより多くもらえる仕組みになっています。そして、想定に反して、購入時よりもデフレになっても元本は額面よりも低くなることはありません(上の図表で元本保証(フロア)というのは、このことを意味しています)。
つまり、もうすでに金融資産は十分なので、これ以上増やす必要はない(元本割れのある金融商品は避けたい)。ただ、預金で置いておくとインフレで実質的に価値を毀損するのが恐いという人に、物価連動型国債は最適なインフレヘッジの手段を提供してくれます。
注意点としては、インフレにならないと損をする可能性があることです。もし、額面100円の物価連動型国債を100円で購入できるのであれば、固定金利型や変動金利型に比べてインフレ上昇のアップサイドが見込める分だけ、かなり有利な存在となりますが、そんな都合の良い話は世の中に存在しません。実際には額面金額では購入できず、市場のインフレ期待を織り込んだ金額(例:105円)で取引されます。なので、期待よりもインフレが進行しなかった場合は損をする可能性があります。
『損』という書き方はしましたが、予想に反してデフレになっても国が額面金額での償還を保証してくれているので損失は購入時のコストより大きくなることはありません(←ここが重要)。一方で、インフレが起きたら損失可能性は青天井です。インフレになるかどうか分からない(💦)という不確実性が大きなリスクになる現役引退世代にとって額面以上の購入金額であっても将来の最大損失が確定するというのは非常に大きなメリットです。
つまり、上述のコスト(損)はインフレに対する保険料のようなものであり、これこそインフレヘッジです。物価連動国債=インフレ保険として考えても差し支えないかもしれません。
なお、『俺はハイパーインフレを想定しているんだ。国債が約束通りの機能を果たしてくれる保証がどこにある!』という考えの人は、国家が吸収できないリスクを他の金融商品で回避するのがナンセンスなので、安全だと思える国に移住して仕事を見つけるのがより合理的なインフレヘッジになります。
そして、残念な話としては、日本の物価連動国債は個人向け商品としては取引されていません(2022年7月現在は機関投資家のみ購入可能になっています)。これが第4の国債(まぼろし)とさせて頂いた理由です。2015年に個人向けに解禁の方針が財務省から発表され、2016年2月より販売開始予定だったようなのですが、当時はデフレ真っ只中の日本で需要が見込めないとして凍結されてしまったようです(出典:日経新聞)
今後、日本でも物価上昇が当たり前という風に理解される世の中になれば、物価連動型国債の一般向け販売の議論も再開されるかもしれません。
国債の基本まとめ
今回は国債のリスクフリーレートという概念をご紹介しました。この概念は非常に重要で、足元の米国債10年物の利回りは約3%となっています。米国債は世界の中で主要なリスクフリーレートとみなされているので、リスクとリターンの相場はこの利回りを前提に形成されていきます。
世の中には、利回り10%を謳う金融商品や仮想通貨関連で年間30-40%のリターンが期待できるという話がゴロゴロしています。このリスクフリーレートという概念を理解していれば、とても危険に見えてきませんか。なぜなら、信用力の高い主体が発行している株式や債券であれば、リスクフリーレートに数パーセントを上乗せして5-6%の利回りを約束すれば十分に資金調達は可能だからです。
リスクフリーレートの概念に理解があれば、10%や30-40%などの高利回を提示する案件は、そうでもしないと資金調達ができない(まともな投資家は相手にしない)金融商品の巣窟であることが容易に想像できるかと思います。
抽象的に要約すると、リスクフリーレートの概念が分かれば、『利回りの高さ(リスクフリーレートからの乖離)=リスクの高さ』ということに気づけると思います。
本記事の冒頭で『投資の基本は国債にある』と述べたのは、リスクフリーレートの概念無くしてまともな投資判断などできないからです。
以上
世界で最も流動性が高い国債である米国債についても、こちらで記事にしています。

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