欧米を中心に、若年期に集中的な資産形成を行い、人生の中盤(30-50代)で早期リタイアを目指す活動が大きな広がりを見せ始めています。
ミレニアル世代が牽引するこの運動をFinancial Independence, Retire Early(頭文字をとって”FIRE”と言います)。日本語に訳するなら「経済的自立、早期リタイア」と言うところでしょうか。
日本では「給料の8割を投資に回す」ことで30歳にして金融資産7,000万円を実現した三菱サラリーマンさんが有名です。
FIREにおいては「高収入」「倹約」「投資」が重要であり、この全てを極めることが早期リタイアには必要です。
今回紹介する「FIRE最強の早期リタイア術」は上記3要に加えて、他のセミリタイア系の書籍では言及があまり見られないセミリタイア後のリスクまで分析がされており具体的な対策が書かれています。

本書は、マネーリテラシーが高く「インデックス投資」「4%ルール」という言葉にある程度馴染みのある中級者におすすめの1冊になっております。セミリタイア後のリスクにまで目を向けたFIRE図書の決定版と言えそうです。
著者(クリスティー・シェン)はどんな人?
クリスティー・シェンは、1980年代に1日44セント(約50円)の極貧生活を送る中国農村部の貧困家庭に生まれました。そんな彼女は、この生い立ちを紹介するのは、「同情して欲しくてこんな話をする訳ではない、誰にでも億万長者になるチャンスはあると示したかったからだ」と読者に語りかけます。
クリスティーはその後、家族と共にカナダに移住し、貧困層⇨中流階級⇨富裕層(リタイア時の金融資産は約1億2,000万円)と資本主義の階段を一歩づつ登っていきます。本書は、シェンがその過程で「何を考えて」「何を経験して」「何をしたか」を紹介する1冊になっています。
本書はノウハウ本ではなく、「資本主義の世界で自由になる」ための本質やルールについて学べる本です。なので、本書内容はカナダ人のみならず、FIREを目指す日本人にも大いに参考になります。
何より重要なのは、彼女が富裕層に上り詰める過程にアメリカン・ドリーム的な幸運や一発逆転要素は一切ないことです。
学習意欲と努力を厭わない精神を持つ人なら、この1冊が人生を切り開くきっかになるかもしれません。
就職は平均年収の高い界へ
必ずしも情熱は良い仕事につながらない
-クリスティー・シェン-
著者であるクリスティー・シェンは、仕事を選ぶ際に「(まだ)自らの情熱に従うな」という言葉と共に就職先や専攻する学位は「やりたいこと」よりも「より高い年収」に繋がるかで選ぶべきと主張しています。
クリスティーは母親が収入・雇用が安定しない職業を転々とした末に鬱病になった姿を間近で見ていた経験から、経済的条件を吟味せずに「自らの情熱」に従うリスクについても良く理解していました。自分がやりたいと望んでいた「ライティング」ではなく「コンピュター・エンジニアリング」の道に進むことを決めます。
クリスティーは「心からやりたいことを仕事にする」ことを否定している訳ではありません。ただ、向こう10年間の間に興味が変わるかもしれないですし、会社員として組織に奉仕すると嫌なこともたくさん出てきます。しかし、仕事というのは簡単に取り替えることが出来ません。
クリスティーは一度冷静になり、ITエンジニアの方が作家業の約2.8倍の稼ぎがある事実を踏まえ、まずは「自分の情熱」よりも高年収を優先することにしたのです。
彼女のケースは、カナダが舞台ですが、彼女の学部選択方法や就職先へのアプローチは日本の就職市場にも応用可能です。具体的な方法はぜひ本書を手にとってみてください。

クリスティーはリタイア後に、ITエンジニアから作家に転身して自分の夢を叶えました。彼女曰く、作家業を楽しく継続できるのは生活費をそれに頼っていないからだと言います。生きていくために稼がないといけない状況では、好きな時に好きな方法で好きなだけという訳にはいかないから、苦痛になるという訳ですね。
日本で就職を目指すなら総合商社・デベロッパー・金融業界へ
日本で就職先を選ぶのであれば、5大総合商社(三菱商事・三井物産・住友商事・伊藤忠商事)や2大不動産デベロッパー(三菱地所・三井不動産)あたりを第1順位で検討します。これらいずれも20代後半から30歳までには年収1,000万円に到達する数少ない企業であり、は年収1,500万円までなら基本的には誰もが到達します。
第2順位で政策金融機関である日本政策投資銀行(DBJ)又は農林中央金庫がおすすめです。両機関も上記第一順位の企業ほどではないですが、30代前半で年収1,000万円に到達可能で福利厚生も手厚いので順調な蓄財が期待できます。
第3順位で三井信託銀行・三菱UFJ信託銀行、メガバンク(三菱UFJ銀行・三井住友銀行・みずほ銀行)を上げさせて頂きます。これらの企業でも30代前半での年収1,000万円は実現可能です。しかし、全国各地の転勤があり、頻繁にある人事異動のたびに強制参加の送別会が無数にあると聞きます。年収が高くても支出も増える業界なので蓄財の観点からはマイナスです(全国転勤がある飲み会大好き企業は要注意です)。
セミリタイアの年数は貯蓄率で決まる
年収が5万ドルであろうが50万ドルであろうが関係ないのです。重要なのはあなたの貯蓄率だけです。
ークリステー・シェンー
本書の指摘として最も重要なのは、セミリタイアにかかる年数は年収の多寡ではなく、貯蓄率によって決まるということです。
1年間の生活費を25年分貯めて、この資産を年平均5%で運用することができれば毎年4%づつ資産を取り崩しても30年以上資産が残る確率は95%(しかもほとんどの場合増えている)というFIRE民の間では有名なトリニティ大学の研究があります(これを俗に”4%ルール”と言います)。
このトリニティ大学も年収の話はしていません。これは必要な生活費はその人次第であり、貯金速度は収入に対しての貯金額(貯蓄率)によって決まるからです。つまり年収がいくら高くても浪費家だといつまでも貯金は出来ませんし、収入が低くても非常な倹約家であれば、貯金が出来ます。
収入1,000万円だけど年間支出が500万円のAさん、年収500万円で支出が200万円のBさんはどちらが早くリタイアに必要な金額を貯められるか見てみましょう。
Aさん | Bさん | |
年収 | 1,000万円 | 500万円 |
年間支出 | 500万円 | 200万円 |
年間貯蓄 | 500万円 | 300万円 |
貯蓄率 | 50% | 60% |
リタイアまでの年数 | 25年間 | 16年 |
年間貯蓄はAさんの方が200万円もBさんより大きいのに、リタイアに必要な年数はBさんの方が9年間も早いという結果になりました。
直感的には年収2倍で毎年200万円以上多く貯められるAさんの方がリタイアには有利に思えます。しかし、貯蓄率を見るとBさんの方が10%もAさんより高いことに気づくと思います。やはり、セミリタイア出来るかどうかは、収入ではなく、貯蓄率で決まるのです!
Aさんはリタイアに500×25年間=1億2,500万円必要ですが、Bさんは200×25年間=5,000万円で済みます。
これは競争に例えると、ゴール100m手前からスタートしないといけないAさんに対して、Bさんは50m手前からスタートするようなものです。これならAさんの方が、Bさんより足が早くてもBさんが勝ちます。貯蓄率とはこの距離に対して何秒で走っているかということなのです。100mを9秒で走れば世界記録レベルですが、50mを9秒は小学生レベルです。
高年収といえども、適切な生活水準を心がけることが経済的に余裕のある暮らし、更にその先のセミリタイアには必要になるということです。
クリスティーの本は更に興味深い発見を読者に提供してくれています。それは投資利回りと貯蓄率のセミリタイア年数に与える影響についてです。
貯蓄率が5-10%と低い人のリタイア可能年数は、資産運用の利回りが1%と5%の場合で約10年近く変わります。しかし、貯蓄率が高くなるにつれて資産運用の利回りがリタイア年数に与える影響は小さくなっていくことが本書で分析・説明されています。
具体的には貯蓄率が50%を超えてくると、投資リターンの数%の差はほんとんど関係なくなるようです。本書では図表やグラフも交えて説明してくれているので、大変分かりやすかったです。
高年収や高い運用利回りには常に不確実性がついて回ります。しかし、貯蓄率は倹約により自分でコントロール可能です。やはり、この自分でコントロールできる貯蓄率を極めることがFIREへの王道なようです。
インデックス投資への長期・積立・分散
セミリタイアに向けた資産形成、そしてリタイア後の収入源確保のためにも、「投資」は必要不可欠です。
本書の投資に関する章については、驚く内容はほとんどありません。投資について基礎的な学習をしたことがあれば、どれも至極普通すぎて迫力に欠けると思われるかもしれません。
クリスティーは、ごくシンプルに低コストの指数連動型のインデックスファンドに定期積立を毎月淡々と継続しただけです。そこにはYoutube広告で流れてくるような「最強のアクティブファンドや緻密な10倍になる株式を当てる方法!」は一切存在しません。
そのポートフォリオは資産クラス(株式60%・債券40%)及び投資地域(米国・カナダ・その他先進国)を分散させるという投資の基本に忠実そのものです。
資産形成ひいてはFIREに何か特別な要素は必要無いということを、クリスティーは身を以て示してくれています。
「会社を辞めたい」その気持ちだけで、FXや情報商材に手を出して果てしなく遠回りする人が世の中には何と多いことでしょうか。成功したければ基本に忠実に投資の王道を行くべきということですね!
FIREにも死角はあるのか
日本では依然としてセミリタイア(FIRE)に挑戦する人は数少ないです。このような状況だからか、いくら貯金があればリタイア出来るかを説明するネット記事はたくさんありますが、どのような場合にリタイア生活中に資金が枯渇するリスクがあるのか、そのリスクへの備え方について説明しているものはほとんどありません。
クリスティーは引退時に1億2,500万円も資産を築いていたのに、まだ不安だったと言います(本書を読むと分かりますが著者はとても慎重です)。
上述の4%ルールは多くの早期リタイア希望者に夢を与えるものですが、クリスティーは「資産が30年以上残る可能性は95%ということは、残りの5%はダメなのか(自分が残り5%にならないか不安)」と思ったそうです。
そこで彼女が編み出したのが、「現金クッション」と「利回りシールド」です。
4%ルールはなぜ5%の確率で失敗するのか?
4%ルールは米国株式市場の成功体験に基づいています。米国市場は年平均で6-7%成長してきました(インフレ率3%+企業の成長3%)。年平均リターンよりも低い4%で取り崩していれば、資産は減らないという理屈です。
しかし、年平均リターン6%というのは株式を長期間(15年以上)保有すれば、概ねこの値に収まるということで、実際には20%成長する年もあれば50%以上暴落する年もあるというのが株式市場です。
そして、リタイアしたタイミングで暴落が起こり、このタイミングで4%ルールに従って資産を取り崩してしまうと50%の損失が確定してしまいます
例えば、資産5,000万円の人が200万円(5,000万円×4%)を毎年取り崩す生活を仮定します。翌年6%成長し、資産が5,300万円になれば、200万円崩しても残りは5,100万円なので資産は減りません。しかし、不運にも2,500万円と資産が1/2まで暴落した状態で200万円崩しますと、資産は2,300万円まで目減りしてしまいます。この状態で資産が2倍に戻っても4,600万円と当初資産から400万円マイナスのままです。
暴落から元の水準に戻るまでは数年かかるのが通常ですが、あなたは他に生活費を頼ることができないので200万円づつ取り崩します。株価指数が元の水準まで戻っても、あなたの資産は結果的に3,000万円程度までしか戻らないかもしれません。3,000万円が年6%で成長しても、年間リターンは180万円にしかならないので、200万円づつ取り崩せば、やがて資産はゼロになります。
資産5,000万円貯めてリタイアした直後に大暴落がくるかもしれない。これが4%ルールの穴なのです。
利回りシールドを活用して現金クッションを作る!
4%ルールで失敗しないためには、暴落時に損失を確定しないことです。つまり、暴落発生時は株価が元の水準に戻るまで投資資産は取り崩さず、別の資金で生活をしようということです。
それでは、具体的にどれぐらいの予備資金を持てばリタイア後も暴落の影に怯えることなく、枕を高くして眠ることが出来るのでしょうか?
2009年のリーマンショック発生時には株価(S&P500)が元に戻るまで約3年半かかりました。記憶に新しい2020年のコロナショックは1年も経たないうちにS&P500は暴落前の水準にもどりました。はたまた世界恐慌では配当込みで5年かかりました。このことから保守的に準備するなら、5年分の生活費が別途準備出来るのであれば、万全と言えそうです。
この金額自体はかなり多く準備が大変です。なので、クリスティーはETFから支給される配当金もこの非常資金として活用しようと言うわけです。配当金は暴落時にも株価ほどは下がらないことが知られています。
具体的には、リタイア最初の5年間は配当利回りの高い資産に移しておくという戦略です。これは、4%ルールに失敗した(5%の確率に当たってしまった人)はリタイア後5年以内に暴落を経験して、損失確定をしていた統計的事実に基づく考え方です。
クリスティーは、最初の5年間だけ、優先株ETF・REIT・高配当株ETFなど比較的高い配当利回りを見込めるポートフォリオに資産を組み替えています。
結果的にクリスティーはポートフォリオの配当利回りは3.5%まで高めています。5年間では、875万円まで配当が増加するので、あなたが現金クッションとして用意すべきは2,000-875=1,125万円まで低減します
当初の2,000万円からはだいぶ金額が減りました。これが利回りシールドの威力です。
徹底的に慎重なクリスティーのリタイア戦略の最後の1手は、非常資金を運用資産とは別に5年間分準備する(現金クッション)。そして、現金クッションの準備負担を軽減する手段としての「利回りシールド」でした。
まとめ
本書は極貧状態から億万長者に上り詰めたクリスティー・シェンが、「何を考えて」「何を実行したか」の1冊になっています。
「極貧状態から億万長者」と言うと一発逆転や夢を感じさせる啓発本なのかと思いきやそうではありません。
お金に対して真摯に向き合い、合理的な戦略を愚直に継続すれば、誰にでも経済的自由(FIRE)を実現できる。そう言うメッセージを感じました。
経済的自由の達成に向けて、弛まぬ努力を継続することは容易ではありません。借金をして高級車を購入したり、毎月のように飲み会で数万円使うのが当たり前と言う周囲からは好奇の目に晒され(時には言われなのない蔑み)を経験しながら、ひたすらに貯蓄率を高める。
投資界隈が、ハイテク銘柄で1ヶ月で株価が2倍、3倍になったと狂喜乱舞する中、自分は年平均リターン6-7%のインデックス投信(またはETF)を愚直に定期積立する。
この無味乾燥としたループを周囲の雑音に惑わされず、続けた者に自由の扉(FIRE)は開くのだとこの1冊は教えてくれました。
定期的に読み返したくなる1冊です!
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